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神道の神々とゴジラの類似性
一神教・多神教問わず、他のどこの国の宗教でも善と悪は区別されるもの。神と悪魔の存在である。ところがそれらは人の心より生まれた価値観で、人間の善の心の象徴としての神と、悪の心の象徴としての悪魔である。
しかし善悪も神魔も、人の心より生じる以上、根底はひとつである。その辺を現代の人間は理解しているはずだ。
しかし宗教上でこれらを完全に同一視しているのは神道だけではないだろうか。
戦争で打ち破った敵将を、神社に祭って神様にしてしまうなど、日本だけである。朝廷への反逆者として殺された平将門などが代表である。
将門は、今から1000年の昔、関東に王国を築こうとして失敗した。しかし死後も彼の魂は関東という土地に取り憑き続けている。
関東に取り付く強大な怨霊であると同時に、「ここは自分の国だ!」という意思の力によって関東を外敵から守る守護神でもあるのだ。
実は日本の神社などに祭られている神様というのは、いずれもが将門のような存在なのである。
「敬えば守ってくれるが、怒らせると祟りが降りかかる」
『古事記』におけるヤマタノオロチなどは、水を司る竜神である以上、オロチもまた神なのである。水を司るオロチを退治したら、その尾から水を司る聖剣アマノムラクモを得るなど、古代日本の生活観から鑑みるに…
「水害に悩まされる村が用水路や支流などの使い方、つまり水の操り方を知る事によって逆に村に豊かな収穫をもたらす事が出来た」
ヤマタノオロチの物語の原型はこういう事なのではないだろうか。
つまり神道の神とは自然と同じく、時には災いをもたらし、時には人を助ける存在であるのだ。
ゆえに人々は、神々を恐れながらも敬った。これが「畏敬の念」という奴だ。
ではゴジラはどうだろう。
まさにそんな神様のひとつではないだろうか。
核兵器という恐怖の兵器によって犠牲となった古代の生物が、その力を得て人間たちの前に現れる。核へのアンチテーゼが1作目の魅力であった。
そんな1作目の精神を受け継ぎ、ゴジラは幾度と無く人間たちの前に現れる。時には敵として人間たちに恐怖と破壊をもたらし、時には味方として共通の敵から守ってくれる。
そして人間たちがゴジラを倒すことは出来ず、いつもどこかへと立ち去っていく。
いつしか人間たちは、ゴジラに対して"畏敬の念"を払っていたのだろう。
勿論、人間に襲い掛かってくる時はそれを回避したり、鎮めたりするために戦うが、決して倒す事は出来ない。そして、否定するか肯定するかは別としても、「人間はゴジラに敵わない」と登場人物はみんなどこか悟っている。
この精神は、まさに神道の神々に対する視点そのものだろう。
これこそがゴジラの圧倒的存在感の秘密であり、魅力である。
参考までに俺がUSAゴジラで許せなかったのは、その部分にこそある。
一般的にはデザインを問題視する声を良く耳にするが、そんな事は些細な事。それ以前に、かつて『ゴジラ』(’54)が作られた時にデザインされたフォルムは、当時のティラノサウルス復元図に基づいていた。
そしてUSAゴジラもまた、その当時(’98)の段階でのティラノサウルスのフォルムがイメージなのである。
実は両者のデザインの根本は同じなのである。
問題なのは、「ゴジラを生物として描いたこと」
日本版では決して描かれることが無かった生物としての要素・・・食べる事と繁殖する事を、明確な形として作中に盛り込んでしまった事にある。
それによってゴジラの幻想性が薄れ、生物の一種としての存在感が明確化されてしまった。
そこに「人間は地球上の生物の頂点」であるという傲慢が生まれる。ゴジラは人間に害をなすからという理由で倒そうとする人間は日米問わずいた。しかしゴジラを擁護する側の人間の視点が圧倒的に違う。
日本におけるゴジラを倒す事を否定したキャラたちは、常にゴジラを人間や生物を超越した存在という意識があり、人間が倒すなど思い上がりだとばかりの意思が込められていた。
ところがUAS版での擁護派は、「絶滅に瀕している生物を殺すなど…」、「そもそも人間の犯した過ちがあの生物を生んだ…」などのような、ゴジラを1生物として捉えた上で、人間が頂点にあり守るも滅ぼすも人間の手で可能という意識がそこにある。
その精神が、無意識の内にゴジラの存在を矮小に見せてしまい、日本版ほどの存在感と貫禄が抜け落ちていたのだと思う。
とはいえ神道の考え方は日本独自のものであり、「神に忠誠を、悪魔に制裁を」というキリスト教の考えが根強い欧米の人たちに、「神も悪魔も同じ存在だ」という神道の考え方を理解しろという方が難しいのかも知れないがね…。
人間が抗えぬ存在、生物を超えたところにいる存在。
あれは本当に生物なのか・・・それとも神・・・偉大なる破壊神なのか・・・。
その精神が根底にある事こそが、ゴジラの持つ魅力なのである。
(YANKUN)
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- Published:
- 7月 29 2007 / 18:30:27
- Category:
- 映画考察
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